起業を志す多くの方が最初にぶつかる壁が「資金調達」です。
アイデアがあり、情熱があり、チームもある。
しかし、それらを形にするための資金がなければ、ビジネスは前に進みません。
私は慶應義塾大学卒業後、みずほ銀行で法人営業を経験し、スタンフォードMBAを取得。
その後、グロービス・キャピタル・パートナーズでベンチャーキャピタリストとして多くのスタートアップへの投資を行いました。
さらに2016年には自らフィンテックスタートアップ「CashFlow」を創業し、2019年にマネーフォワードへの売却を経験しています。
つまり、資金を「求める側」と「提供する側」の両方の立場を経験してきたことで、多角的な視点から資金調達の本質を理解することができました。
本記事では、私自身の経験と、これまで支援してきた数多くの起業家の事例を基に、実践的な資金調達の5つの方法をお伝えします。
ここで最も押さえておいていただきたいポイントは「資金は目的ではなく手段である」ということです。
単にお金を集めることだけに注力するのではなく、事業の成長と資金調達を有機的に結びつける視点が不可欠です。
「資金調達はゴールではなく、真のゴールに到達するための通過点に過ぎない」
この記事を通じて、起業家としての哲学と実践的な資金調達テクニックの両方を身につけていただければ幸いです。
目次
方法1:自己資金の活用 〜背水の陣の覚悟で挑む〜
起業の初期段階、あなたのビジネスアイデアはまだ「絵に描いた餅」に近い状態です。
この段階で外部から資金を集めることは、非常に難しいのが現実です。
自己資金の活用は、起業家としての覚悟を示す第一歩となります。
課題提起
起業の初期段階では、製品やサービスが存在せず、売上実績もないため、外部からの資金調達は極めて困難です。
この状況で、自己資金をどこまで投入すべきか、多くの起業家が判断に迷います。
過度のリスクテイクは避けたいものの、十分な資金がなければ事業は前に進みません。
さらに、生活費と事業資金のバランスをどう取るか、家族の理解をどう得るかという課題もあります。
解決策
まずは「背水の陣」の覚悟を決め、最低限必要な生活費と事業資金を明確に区分することが重要です。
私が実践している方法は、「最低6ヶ月分の生活費を別口座に確保した上で、それ以外の資金を事業に投入する」というアプローチです。
具体的には以下のステップで進めることをお勧めします:
1. 資金の仕分け
- 生活維持に必要な最低限の資金(6ヶ月〜1年分)
- 事業に投入可能な資金
- 絶対に手をつけない緊急予備資金
2. 資金投入の優先順位付け
- 最初に開発が必要な製品・サービスの費用
- 最低限の営業活動費用
- 初期の人件費(可能な限り自分で行い、外注は必要最小限に)
3. マイルストーン設定
- 資金投入のタイミングと金額を明確化
- 各段階での成果指標を設定(例:プロトタイプ完成、初期顧客獲得など)
- 次の資金調達までに達成すべき目標を具体化
実践例
私自身のスタートアップ「CashFlow」立ち上げ時の経験をお話しします。
当時、私は貯金の約3分の1(約1,200万円)を事業に投入する決断をしました。
残りの貯金は、家族の生活費として最低1年間は働かなくても大丈夫な額を確保しました。
この「背水の陣」の決断があったからこそ、初期開発と顧客獲得に集中できたのです。
重要なのは「資金は有限」という強い自覚を持ち、キャッシュフロー管理を徹底することです。
私たちは毎週金曜日に「キャッシュバーン(資金消費)レビュー」を行い、支出の妥当性と効果を検証し続けました。
その結果、当初の資金でMVP(実用最小限の製品)を開発し、10社の顧客を獲得することに成功。
この実績が次の資金調達につながりました。
「自己資金は最も高価な資金であると同時に、最も価値ある資金でもある。なぜなら、それはあなたの覚悟の証だからだ」
方法2:ベンチャーキャピタル・エンジェル投資家からの出資
事業の基盤ができたら、次のステージに進むための成長資金を調達する必要があります。
ベンチャーキャピタル(VC)やエンジェル投資家からの出資は、単なる資金調達以上の価値をもたらす可能性があります。
彼らの経験やネットワークが、あなたのビジネスを加速させる原動力となるでしょう。
課題提起
VCやエンジェル投資家は、リターンを求めて投資します。
投資家を動かすためには、彼らが求める「リターン」「リスク」「タイムライン」を理解し、それに応えるビジネスモデルとチームを示す必要があります。
特に日本の投資環境は、米国と比較して保守的な傾向があります。
投資家が求める実績や資料の水準も異なるため、投資家ごとの特性を理解することが重要です。
さらに、投資を受けた後の株主として付き合っていくことも考慮しなければなりません。
解決策
私がグロービス・キャピタル・パートナーズ時代に培った「投資家心理分析」に基づいたピッチデッキ作成フレームワークを紹介します。
投資家を動かすためには、以下の要素を明確に伝えることが重要です:
1. 市場の魅力度
- TAM(全体市場規模)の大きさと成長性
- 市場の痛点(ペインポイント)の明確さと深刻度
- 競合状況と参入障壁
2. ソリューションの差別化
- 既存のソリューションと比較した優位性
- 技術的・ビジネスモデル的な独自性
- 知的財産やノウハウの蓄積
3. チームの実績と情熱
- 創業メンバーの関連経験・スキル
- 過去の成功体験(小さくても良い)
- 事業に対する本気度と長期コミットメント
投資条件の交渉においては、バリュエーション(企業価値評価)だけでなく、以下の要素も重要です:
- ボードシート(取締役席)の配分
- 優先株式の条件(リクイデーションプリファレンスなど)
- 創業者のベスティング(権利確定)スケジュール
実践例
グロービス・キャピタル・パートナーズ時代に、私は100社以上のスタートアップのピッチを聞き、約20社への投資を経験しました。
成功したピッチと失敗したピッチの違いは明確です。
成功事例では、創業者が「数字」と「ストーリー」の両方を説得力を持って語れていました。
例えば、ある決済関連スタートアップの創業者は、市場規模のデータを独自の切り口で分析し、「今後5年間で○○億円の市場が生まれる」という説得力のある予測を示しました。
同時に、「決済の煩わしさから人々を解放する」という情熱的なビジョンも語り、数字とストーリーを融合させることに成功しました。
私自身のCashFlow創業時には、シリーズAで2億円の調達に成功しましたが、これは「初期顧客10社との契約」という実績と「キャッシュフロー最適化の未来像」という明確なビジョンの組み合わせがあったからこそです。
方法3:金融機関からの融資 〜信用力をどう確保するか〜
金融機関からの融資は、株式を dilute(希薄化)させることなく資金を調達できる手段です。
特に成長段階に入り、ある程度の売上と資産を持つスタートアップにとって、有効な資金調達手段となります。
課題提起
スタートアップにとって、銀行などの金融機関からの融資獲得はハードルが高いものです。
多くの場合、十分な担保や事業実績がないため、通常の審査基準では融資が難しいとされがちです。
また、スタートアップの成長速度と銀行の意思決定スピードにはミスマッチがあります。
迅速な資金調達が必要な場面で、銀行の審査に長期間を要することは大きな課題です。
さらに、そもそも金融機関がスタートアップビジネスの特性や成長モデルを十分に理解していないケースも少なくありません。
解決策
みずほ銀行での経験を活かして、金融機関が重視する審査ポイントをお伝えします。
銀行が融資判断で最も重視するのは「返済能力」です。
これを示すために以下の項目を充実させましょう:
1. 事業計画の説得力
- 数値の根拠が明確か
- 楽観・中庸・保守の3パターンの計画があるか
- 月次のキャッシュフロー予測が詳細に立てられているか
2. 経営者の資質と実績
- 業界経験や専門知識
- 過去の事業実績
- 人柄・誠実さ(これは意外と重要です)
3. 審査資料の質
- 過去3期分の決算書
- 直近の試算表
- 金融機関向けの事業計画書(融資の使途と返済計画を明記)
中小企業向け制度融資や日本政策金融公庫の「新創業融資制度」の活用も検討すべきです。
これらは一般の銀行融資より審査基準が緩和されており、創業間もない企業でも融資を受けられる可能性があります。
実践例
私がアドバイザーを務めたIoTスタートアップの例をご紹介します。
このスタートアップは創業2年目で、売上はあるものの黒字化には至っていませんでした。
しかし、以下の取り組みにより地方銀行から2,000万円の融資を獲得することに成功しました:
- 創業初期から地元銀行の担当者と定期的に面談し、事業進捗を共有
- 月次の経営状況を「経営サマリーレポート」として銀行に提出
- 顧客からの受注書や契約書を積極的に開示し、将来の売上確度を示す
- 経営陣が連帯保証をすることで銀行のリスクを軽減
特に効果的だったのは、「数字は嘘をつかない」というマインドセットで、客観的なデータを基に事業の将来性を示したことです。
業績が悪い月のデータも隠さず共有し、「その原因と対策」を説明したことで信頼関係を構築できました。
「金融機関との関係は一夜にして築けるものではない。継続的なコミュニケーションと情報開示が信頼を生む」
方法4:クラウドファンディングと地域投資ネットワーク 〜新潮流で一石二鳥を狙う〜
近年、従来の資金調達方法に加えて、新たな選択肢が広がっています。
クラウドファンディングや地域に根ざした投資ネットワークは、単に資金を集めるだけでなく、ファンや支援者を同時に獲得できる「一石二鳥」の手法です。
特に地方での起業や、特定のコミュニティに根ざしたビジネスに有効です。
課題提起
東京などの都市部に比べ、地方では投資家やVCへのアクセスが限られています。
この「地理的ハンディキャップ」をどう克服するかは、地方発のスタートアップにとって大きな課題です。
また、伝統産業や地域密着型ビジネスは、グローバル展開を前提とするVCの投資基準に合わないことが多く、従来の資金調達手法では不利な立場に置かれがちです。
さらに、単なる資金調達だけでなく、ファンやサポーターを獲得し、地域全体を巻き込んだ成長モデルをどう構築するかという課題もあります。
解決策
新しい資金調達の潮流として、以下の方法が効果的です:
1. クラウドファンディングの戦略的活用
- 購入型:製品・サービスの先行予約として活用
- 投資型:少額から株主になれる新しい投資形態
- 寄付型:社会的意義のある事業に適した形態
2. 地域投資ネットワークの構築
- 地元の成功起業家や資産家とのネットワーキング
- 地域金融機関と連携した「地域ファンド」の活用
- 自治体の創業支援制度や補助金の戦略的利用
特に注目すべきは、これらの手法が「資金調達」と「マーケティング」の両面で効果を発揮する点です。
クラウドファンディングは製品の市場検証と資金調達を同時に行え、地域ネットワークは長期的な支援基盤の構築につながります。
実践例
私が支援した地方の日本酒醸造所再生プロジェクトの事例をご紹介します。
この100年続く老舗醸造所は後継者不足に悩んでいましたが、若手経営者が引き継ぎ、以下の取り組みで再生に成功しました:
- クラウドファンディングで「未来の日本酒」の先行予約を募り、2,500万円を調達
- 同時に3,000人のファンコミュニティを構築
- 地元企業20社から構成される「地域活性化ファンド」から1億円の出資を獲得
- 自治体の伝統産業支援制度を活用し、設備更新費用の30%を補助金でカバー
このケースの最大の成功要因は、「日本酒醸造」という事業にとどまらず、「地域文化の継承と革新」というストーリーを前面に打ち出したことです。
地域住民が「自分たちのプロジェクト」として応援する流れが生まれ、単なる資金調達を超えた地域活性化につながりました。
地域投資の可能性
地方での起業において、東京のVCに頼らない資金調達モデルの構築は重要です。
次のようなステップで地域に根ざした資金調達エコシステムを作ることができます:
- 地域の課題解決に直結するビジネスモデルを構築する
- 地元の成功起業家や企業オーナーとのネットワークを早期から構築する
- 地域金融機関との関係構築に投資する(時間とエネルギーを割く)
- 自治体の経済振興部門と積極的に連携する
方法5:事業提携・M&Aによる調達 〜成長と出口戦略を同時に考える〜
スタートアップの成長段階において、大企業との事業提携やM&A(合併・買収)は重要な選択肢となります。
これは単なる「出口戦略」ではなく、事業拡大と資金調達を同時に実現する「一石二鳥」の手法です。
特に市場拡大のスピードが求められる場面や、大企業のリソースを活用したい場面で効果的です。
課題提起
大企業との提携やM&Aを視野に入れる際、多くの起業家が直面する課題があります。
まず、どのタイミングで提携やM&Aを検討すべきか、判断が難しいという点です。
早すぎると企業価値が十分に評価されず、遅すぎると市場機会を逃す可能性があります。
また、提携後の経営主体はどうなるのか、創業者のビジョンや企業文化をどう守るのかという懸念もあります。
さらに、M&A後のPMI(買収後統合)プロセスで、チームメンバーのモチベーションをどう維持するかという課題も無視できません。
解決策
事業提携・M&Aを戦略的に活用するためのアプローチを紹介します:
1. 適切なタイミング判断
- 事業の成長曲線と市場機会を分析
- 自社リソースでの成長限界点を見極める
- 業界再編や市場構造変化のタイミングを見極める
2. 提携・M&Aの形態選択
- 資本提携:出資を受けつつ経営の独立性を保つ
- 業務提携:特定の機能(販売・開発など)で協業する
- 完全買収:経営権を譲渡し、完全統合を図る
3. 条件交渉の重要ポイント
- バリュエーション(企業価値)の算定方法
- アーンアウト条項(業績連動型の追加支払い)
- 経営チームの処遇と権限
実践例
私自身のフィンテックスタートアップ「CashFlow」のマネーフォワードへの売却経験をお話しします。
創業から3年目、当社のキャッシュフロー管理技術が評価され、業界大手のマネーフォワードから買収提案がありました。
当時の状況は:
- 事業は順調に成長していたが、大手競合の参入により競争が激化
- 次の成長フェーズに必要な人材採用とプロダクト開発に大きな資金が必要
- チームは15名規模で、組織構築の次の段階への移行が課題に
買収の決断に至った主な理由は以下の通りです:
- マネーフォワードの顧客基盤(当時10万社以上)へのアクセス
- 資金調達の時間とエネルギーを製品開発に集中できる
- 創業チームのノウハウを活かせる新たなポジション提案
特に注目すべきは交渉のプロセスです。
単なる「売却価格」だけでなく、以下の条件を重視して交渉しました:
- コアチームメンバーの継続雇用保証(最低2年間)
- 製品ブランドの維持(CashFlowの名称存続)
- 開発チームの一定の自律性確保
- 創業者(私)の新組織での役割と権限
結果として、売却後も製品開発の勢いを維持することができ、買収から1年後には顧客数を3倍に拡大することに成功しました。
「M&Aは終わりではなく、新しい始まりである。何を失うかではなく、何を得るかに焦点を当てることが重要だ」
創業者が残るケースと残らないケース
M&A後、創業者がそのまま残るケースと、完全に退出するケースがあります。
どちらが良いかは一概に言えませんが、以下の観点で判断することをお勧めします:
- 創業者自身の次の挑戦への意欲
- 買収企業の文化との相性
- 統合後のポジションと権限
- チームメンバーへの影響
私の経験では、創業者が一定期間(1〜3年)は残り、円滑な統合を支援することが、製品やチームの価値を最大化する上で重要だと感じています。
まとめ
起業資金の調達方法として、以下の5つを紹介しました:
1. 自己資金の活用 – 「背水の陣」の覚悟で最初の一歩を踏み出す
2. VC・エンジェル投資家からの出資 – 投資家心理を理解し、数字とストーリーで動かす
3. 金融機関からの融資 – 信頼関係構築と「返済能力」の明確な提示が鍵
4. クラウドファンディングと地域投資ネットワーク – 資金とファンを同時に獲得する新たな手法
5. 事業提携・M&Aによる調達 – 成長と資金を「一石二鳥」で実現するアプローチ
これらの手法を状況に応じて組み合わせることで、持続可能な資金調達戦略を構築できます。
最後に、資金調達において最も重要なことをお伝えします。
それは「資金は目的ではなく手段である」という視点です。
単にお金を集めることに注力するのではなく、その資金で何を実現し、どのような価値を生み出すのかを常に問い続けることが重要です。
私は起業経験とベンチャーキャピタリストとしての経験から、「お金が集まる起業家」には共通点があることに気づきました。
それは「ビジョンの明確さ」と「実行力の証明」です。
大きな夢を掲げつつも、小さな成功を積み重ねる。
この両輪があってこそ、資金は集まるのです。
あなた自身の強みや環境に合った調達手法を見極め、「背水の陣」と「一石二鳥」を使い分けながら柔軟に挑戦し続けることを願っています。
資金集めが難しい時期もあるかもしれませんが、本質的に価値のあるビジネスには、必ず資金は集まると信じています。
「資金調達は起業家としての試練であり、成長の機会でもある。この試練を乗り越えた先に、真の事業成長がある」
皆さんの挑戦を心から応援しています。